全国の瀬戸さんお待ちしております

瀬戸の語源は「狭(せ)門(と)」で、相対する陸地が接近して、狭くなっている所を示すそうです。
瀬戸内海や愛知県の瀬戸市は有名ですが、苗字との因果関係は薄いようです。
長野県佐久市瀬戸付近を、派生の地とされていますが、全国には川の流域に瀬戸の地名を多く見かけます。
狭(せ)門(と)の語源を先に検証する必要性もありかなと???思いつつペンを進めます。
何か情報がありましたら、書き込んでください。お待ちしております。

2013年2月4日月曜日

小林 旭 「アキラのズンドコ節」

ズンドコ節は海軍小唄の変形とも言われ、戦地に赴く男心を、恥ずかしながら歌ったうたのようです。最近では2002年氷川きよしがカバーしていますが、『ドリフのズンドコ節』は1969年11月にザ・ドリフターズがリリースしたシングルである。オリコンでは80万枚を超えるセールスを記録し、ザ・ドリフターズで最大のヒットとなりました。全員集合では、オープニングに使われてもいました。

そんな中で、一番に気に入っているのはやはり、小林 旭 「アキラのズンドコ節」です。


1960年ですから、小林旭も若いが、浅丘ルリ子も若くて美しい。

2013年1月31日木曜日

浅丘ルリ子が激白!

浅丘ルリ子が激白!
zakzak 引用2010.11.12
女優、浅丘ルリ子(70)がテレビ朝日系「スーパーモーニング」(12日放送)の独占取材に応じ、20歳のときに、俳優、小林旭(72)と事実上の夫婦関係にあったことを明かした。さらに、10年前の石坂浩二(69)との離婚の真相も激白している。

 1955年に日活から映画デビューし、瞬く間に看板女優となった。同じく人気スターだった小林と「渡り鳥」「流れ者」などの人気シリーズで共演すると、「一緒に仕事していると、そういうふうになりますよね」と、たちまち2人は恋仲になったという。

 「ちょっとした夫婦生活みたいなことをしていたんでしょう。ちっちゃいながら。ハタチぐらいのときです」

 さらに、「旭さんとは映画で一度もラブシーンを、したことないんです。実生活でしか」との大胆告白も。

 その後、71年に石坂と結婚するも、2000年に離婚した。真相をこう明かした。

 「あちらに好きな人がお出来になったからですよ。グサッときたのは、子供がほしいと言ったことと、お母さんの面倒をみてほしいということ。『女優を辞めなきゃいけないから、私はできません』と言ったら、彼は『あなたは女優だから辞めなくていい。子供もいらない』と言っていたのに」

 とはいえ、恨みつらみを言いたかったわけではなく、「結婚してよかったです。いろんなことを学ばせて頂いた」「今も恋しています」と笑顔で締めくくった。

 大女優では、今年4月に有馬稲子(78)が、日経新聞「私の履歴書」で、故・市川崑監督との不倫を明かし話題を呼んだ。有馬、浅丘に続く“昭和芸能史”の解禁はあるか-。

銀幕の黄金コンビだった小林旭と浅丘ルリ子。私生活でも深い絆で結ばれていた!【拡大】
 
当時の芸能界では、人気俳優のゴシップは業界のタブーでした。 

2013年1月28日月曜日

OCNプレミアムサポート

OCNプレミアムサポート
団塊世代の定年退職(retire)者が増加して、年金の予算も逼迫しているようです。
100年安心の年金制度は何処に行ったことやら????

それは別として、団塊世代の人にとって、パソコンは身近な道具ではなかったと思います。
限られた人が、限られたところで使う機器でした。
ところが身近で、情報の受信や発信に不可欠ななものになって、普及も著しいようです。

普及に伴って増えるのは、トラブルです。
一家に一台程に普及した自家用車のおかげで、修理工場や販売店が道筋に多くできました。

同じようにパソコンの修理工場が街に出来るかといえば、そうではいようです。
もちろん、落下させたりぶつけたりで、物理的に壊れたものは製造元に修理に送るでしょうが、日常的なトラブルで送っていたら、輸送業者も対応しきれないでしょうし、マーカーも大変です。

そこで登場したのが【遠隔操作(リモートサポート)でサポート】です。
パソコンがネットに接続されていれば、日常の困ったを即座に解決してくれます。

初めのうちは【他人にパソコンの中をのぞき見される】事に抵抗がありましたが、目の前で自分がパソコンを操作するように、リモートしてくれるので、安心感も高まります。

料金は月額630円ですが、これを高いとするかどうかは、利用者の判断でしょう。
毎回の料金は発生しません。

fujitsuの場合、1件につき3000円のことを思えば、お得かな?と思うのは、しょうせいだけでしょうか?

故障やトラブルは、使っている最中に発生しますから、即決対応できる体制が無いと、パソコンの威力も半減です。
これをを書く直前にもフリーズが発生して、サポートしていただいたばかりです。

仕事とは言いながら、そんなことまで出来るの?????それがリモートサポートの世界です。

2013年1月27日日曜日

法に抵触しなければ【何でも有り!!】

愛知県警142人が早期退職希望
日本経済新聞引用
愛知県で3月1日から退職手当が減額されるのを前に、3月末に定年を迎える警察官142人が2月末までの早期退職を希望していることが23日、関係者への取材で分かった。警察官は臨時採用ができず、県警は内部の人員をやりくりして対応する。「退職時期は本人の意向なので口出しできない。治安への影響を最低限に抑える」(警務課)としている。
------------ここまで
 
日ごろ【上から目線】の代表的な存在が、金銭感覚もこの程度なら【情報の漏えいも有る意味已む無し】の感も否めないような気もします。
そもそも【地域住民の生命財産を守る】ことを職務としているのに、それを放り出して警備会社にでも再就職するつもり、約束ができているの?????先輩も勤務して居るから、引き込みも有るでしょう。
教職員も同じです、体罰で社会を震撼させておいて、その案件が終わらない前に退職とは・・・
むしろその件が有るから、早期退職ですか???だとしたら、基本的に教育者としての自覚は皆無だったのでしょう。

そのような実態を把握できなかった管理者にも問題があります。

2013年1月26日土曜日

宇樽部バイパス3

宇樽部バイパス3
トンネル掘削機
同じ建設機械でも、パワーショベルやブルドーザーと違って、ほとんど地上に出てこないで、モグラと同じに地中で穴を掘っています。


換気装置
廃塵と換気のために、強力な送風機で排気を行っています。もちろん吸入も。
クラッシャー
主に、ビルなどの解体で出る、鉄筋の混じったコンクリート塊を、細かく砕いて選別して、解体現場で再生砕石を作ります。

2013年1月25日金曜日

宇樽部バイパス 2

宇樽部バイパス 2

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 2.5 一般 ライセンスの下に提供されています。
十和田湖の衛星写真

十和田湖グランドホテル前の駐車場にトレーラー入れて、比内鶏(ひないどり)の串焼きを肴に手酌で般若湯を味わいました。
 昼のトラブルで疲れたのか爆睡ですzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz
夜明けのコーヒー(ネッスルのフリーズドライ・インスタント)をホーロー引きのカップで飲みながらドアを開けて表に出ると、新雪が20cm程積っていて風が強かったのか、車のわだちは全て消えていました。
誰もいない事をさいわいに、電柱にマーキング??????・・・・・・
風邪をひかない前に、キャビンに戻ってバターロールをほうばりました。バターの塩気が、ブラックコーヒーの味をひきたててくれます。

排気量25.000ccのトラクターは、一晩(8時間位)アイドリングでも50リットル位軽油を飲み込んでくれます。
車を一回りしながら、残油量を確認して、時間前に少し動かそうとパキングブレーキ(スプリング・ブレーキ)を解除した時の排気音が【いつもの音と違う】ことに気がついたのです。
まさか?もしかして?心配していた予想は的中でした。10年買い続けた年末ジャンボは300円以上当たらないのに、こんな時に限って当たるとはトホホです・・・・・・

日常生活における【癖】はなかなか取れないものです。本人の自覚は全く無くても「貧乏ゆすり・音を立てて物を食べる・方言・・・・・」等など、個人的に違いはありますが、多かれ少なかれ何らかの癖を使いながら、社会生活を行っているのではないでしょうか。
飲酒も喫煙も習慣と言いながら一種の癖と思っています。

その癖とは【車を駐車したら、必ず駐車ブレーキを作動させる】ことです。
これはドライバーになりかけの頃、助手席で1カ月くらい見習いをさせていただいた時に、教わったことの一つです。
  • 上司、先輩(年ではなく勤務の先輩)客先へのあいさつ
  • 荷物の積みつけ、固定、ロープの掛け方、シートの張り方
  • 道路の優先順位(低速走行時は後方も確認しながら、渋滞の無いように)の認識
  • 道路に物を投げない
  • etc
その教訓は、今でも生きていて、駐車→駐車ブレーキと無意識に反応して居るんです。
スプリング・ブレーキのリレー・バルブに付着した水分が、夜間の温度低下で凍ってしまいました。
エアーブレーキですから、作動させるには、コンプレッサーで圧縮された空気を使います。そこには若干の水分が残っています。
空気と油水を分離する装置は付いていますが、完全では有りません。
残った水分がマイナス15度の冷気でバルブの中凍りとなり、空気の流れを妨げていることで、ブレーキが解放できないのです。
【寒冷地でのスプリングブレーキ禁止】(凍る知識は有ったのですが・・・・)
この癖が織り込まれていれば、この失敗は起こらなかったのですが、残念ながら、安全最優先が働いてしまいました。

修理の24時間サービスも、この地域では無理だろうし、出来たとしても基本料金2万円に距離加算を入れたら・・・・・・・・そんな想像をすると、呼べる状態ではありません。それは最終手段に残しておいて、ボンベ式のバスバーナーを探しました。
工具箱の奥に、バーナーは有ったがガスが無い。
うろうろして居る間に時間は過ぎて、近くの売店の御主人が出てきました。
運を天に任せて「携帯ガスバーナー有りませんか?」と問えば「有るよ!何するの?」の返事、【やったー】地獄で仏とはこのことかと、自問自答したものです。
「かくかくしかじかと」説明して、さっそく常備のスタッフ(箱尺)の先端に取り付けて、隙間30cmの車体の下に滑り込ませました。
微かにしか見えないリレーバルブを料理で使う「強火の遠火」で温めました。
直火で付近の配線やパイプを破損したら、元の木阿弥どころではありません。

格闘30分無事氷は溶けて、ブレーキは解放されました。
売店の御主人に後光が差していたことは申すまでもなく、感謝感激の御礼を申し上げました。
曰く「水道が凍るので、常時必需品」とのことでしたが、生涯忘れられない教訓となりました。

これ以後真冬の網走でもこの類のトラブルは起こしていません。
いつか【網走編】もお知らせします。

宇樽部バイパス


2013年1月24日木曜日

宇樽部バイパス

宇樽部バイパス

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宇樽部バイパスは、急こう配とカーブの多く坂道が続く、交通の難所を解消するために、1989年度に事業採択、1995年度に着工しました。2005年度には区間内の宇樽部トンネル(延長約1・1キロ)が完成しました。総事業費は93億3千万円でした。

最近は訪れる機会もありませんが、暮れもおし迫った12月25日頃、工事中の2000年頃(定かではありません)大館市でトンネル掘削機を積み込んで、秋田県道2号線(樹海ライン)で発荷峠経由で、宇樽部トンネル工事現場に向かいました。
先導車に誘導されながら走る樹海ラインは、対向車もなくマイペースの道中です。
発荷峠付近に差し掛かると、勾配12%の看板を発見して驚きです。
【天下の剣】箱根新道でも10%の勾配個所は無かったように記憶しています。

予想を裏切ることなく、トラクターはスリップを始めました。先導者は自分のペースで走行、瞬く間に姿が消えてしまいました。
何しろ総重量がCAT D10T の整備重量相当ですから、雪道でスムースに進む訳も有りません。

トンネル掘削機は、硬い岩盤を切り裂く訳ですから、それなりの自重が必要になります。見た目は小さいのですが、鋼鉄の塊を積載しているようなもので、荷物は荷締め機で強く固定されて居るので、動く心配は有りません。
スリップの始まった段階で車を停止して、動輪4本にダブルのタイヤチェーンを、トレーラー側の16本には、外側4本に装着、予想に反して、愛車はスムースにスタートしました。
タイヤチェーンのありがたさと実力をしみじみ実感した一瞬です。
タイヤを空転させないように12段変速の2段目から、チェンジをしないでアクセルを調整しながらの登坂です。ここで止まれば、前にも後ろにも動きがとれず、雪解けを待つしかないと思うと、背筋の凍る思いでした。

坂の頂上は国道103号線十和田道の発荷峠です。
やっとの思いで登りつめて国道を左折、駐車帯で安堵の一服【缶入りショートピース】に火をつけました。【美味い!!】
この頃は、コーヒーとショートピースが、何よりの御馳走でした。(禁煙歴5年)

愛車のハンドルを左いっぱいに切って、タイヤ止めをしてドアロックを掛け、恐ろしい経験をしたので、そんなことが二度と無いように、先導車のライトバンに便乗して目的地までの道路を下見に出かけました。

十和田湖から吹き上げる寒風で、峠はアイスバーンです。ヘアピンカーブの先は断崖絶壁で、転落したら即死でしょう。
展望台を左に見て峠を下ります、スノーシェードが何箇所かあり、とくに難所と思える個所もなく再び駐車した峠に戻りました。

当然タイヤチェーンはそのまま装着しておきます。
上りと同じ2速で峠を下ると、目の前にヘアピンカーブのガードレールが迫ってきます。
時速3km位でしょうか、排気ブレーキで速度を調整しながら下るのですが、すぐにオーバーランに近いエンジン回転になってしまいます。それ程に坂が急なのでしょう。ポンピング・ブレーキで速度を調整していると、突然フロントタイヤがロックして、ハンドル操作ができなくなりました。

迫るガードレール、操作の利かないハンドル、【ブレーキを踏んだら止まるのか??】そんな思いの中、ブレーキペダルから足を離し、祈る思いでハンドルを左に切りました。
するとハンドルロックは解除され、車はヘアピンカーブを道なりに進んでいます。
【助かった!!生きている】そんな思いでした。
アイスバーンでブレーキを踏んだから、タイヤチェーンの装着されていないフロントタイヤだけ「ロック」してしまったのです。現代はABS装着が義務付けられていますが、当時ABSはまだ雲の彼方でした。
無事に峠を下り十和田湖を左に見て進み、ようやく今日の宿「奥入瀬」に到着です。宿といっても、ホテルや旅館に泊まるのではなく、いつも通りの野宿です。
その頃の奥入瀬は、ホテルも旅館も冬季休業をしていました。
十和田湖グランドホテル前の駐車場にトレーラーを止め、明日の予定を打ち合わせて、本日は閉店です。
零下10度以上にも達する事のあるこの地域では、アイドリングを高めておかないと、暖房が切れてしまいます。凍え死なないように、予め仕入れておいた比内鶏(ひないどり)の串焼きを肴に手酌で般若湯を味わいました。
 昼のトラブルで疲れたのか爆睡ですzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz

ところが次の日もまた大問題が待ち構えていました。
続く