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プロのスポーツ選手にとって怪我は大敵でありながらも、常に隣り合わせの席に座っているように思います。
具体的な数字の持ち合わせはありませんが、成果を出そうとして頑張れば頑張るほど怪我の比率は上がり、努力が報われないことも無い訳ではりません。
2003年ニューヨーク・ヤンキースと3年総額約25億4,100万円で契約合意、メジャーリーグへのデビューを果たし、新天地で活躍したわけですが、満10年で引退発表をしました。
FA権の発生を待ちかねたかのように行使したわけですが、25億円超の契約金ともなれば二の足を踏む訳もないでしょし、交渉に臨む代理人も、それなり(20%くらいかな?根拠無し)の収入を手にできるわけですから、力も入るでしょう。
オールスターゲーム出場も日本人では1995年の野茂英雄、2001年のイチロー、佐々木主浩に続く4人目の選手となり活躍しました。
その間も怪我に泣かされ、手術も度重なったのはメディアの伝えるとおりであります。
特に2012年には致命的になり、出場回数も激減して、今回の引退発表となったとも思われます。
現役時代イチローとは常に対象比較される存在でしたが、皮肉にも松井の去ったニューヨーク・ヤンキースに移籍契約するとは、これも運命のいたずらでしょうか?
それとも代理人の、一滴の水も漏らさぬ情報網の厚さでしょうか?
ポスティングシステムで3年総額1400万ドルの契約は、オリックスにも納得の行く数字だったのでしょう。
シアトル・マリナーズ自体は、1992年1月24日任天堂の山内溥社長が任天堂本社で記者会見を開き1億ドルで買収する意向を表明日本人のオーナーが誕生したわけですが、現在は任天堂現地法人の名義のようですから、日本人の特別扱いはないでしょう。
保守的な松井秀喜と革新的なイチローですが、これから先も日本人メジャーリーガーの憧れで在ってほしいものです。
さらにお願いしたいのは、日本人メジャーリーガーの実質的なパイオニアは、野茂 英雄であることを忘れ無いでほしいことです。
球団との確執から任意引退の道を選び、年俸が近鉄時代の1億4000万円からわずか980万円になったこともばねになって、1995年2月8日にロサンゼルス・ドジャースを出発点に2008年7月17日ロイヤルズを最後に現役引退表明まで、輝く星では無くても、日本人メジャーリーガーの目標の星で在ったわけですから・・・・・
野茂とイチロウは共にオリックス時代の仰木 彬(おおぎ あきら)氏を恩師と慕って居ったようです。氏は96年オールスターゲームで監督を務めた際に、打者松井秀喜に当時オリックスのイチローを投手として起用する采配をおこない話題となった。このファンに対するサービスは他の誰も教えることのできない、プロ魂でしょう。野茂の背中を押してくれのも、仰木彬氏だとおもいます。
返信削除イチロウは当時「鈴木」で登録され、アナウンスも鈴木で今一つ光るものが無かったようです。ところがイチロウになってから、目覚ましく活躍するようになって、世間を騒がせる現象を起こしたことをきおくしています。
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