全国の瀬戸さんお待ちしております

瀬戸の語源は「狭(せ)門(と)」で、相対する陸地が接近して、狭くなっている所を示すそうです。
瀬戸内海や愛知県の瀬戸市は有名ですが、苗字との因果関係は薄いようです。
長野県佐久市瀬戸付近を、派生の地とされていますが、全国には川の流域に瀬戸の地名を多く見かけます。
狭(せ)門(と)の語源を先に検証する必要性もありかなと???思いつつペンを進めます。
何か情報がありましたら、書き込んでください。お待ちしております。

2013年1月10日木曜日

大阪市立桜宮(さくらのみや)高校

大阪市立桜宮(さくらのみや)高校
1916年(大正5年)の開校ですから間もなく節目の一世紀です。
それを目前にして起こった顧問の男性教諭(47)から体罰を受けた翌日に自殺した問題で、連日マスコミを賑わせています。

「マスコミに責められて校長自殺」なんてことにならないことを祈って已みません。

そもそも「指導」の名目で体罰を与えることは実際に「効果」が在るのでしょうか。
小学校低学年までならある程度の期待はできるでしょうが、高校生ほどになれば、それなりの人格形成ができているので、体罰が効果的とは言えないと思います。
逆に反抗されて怪我を負う可能性も無い訳ではありません。もちろん先生も、相手を見て実施しているのでしょうが・・・・

いずれにしても、体罰と指導は別の次元でその効果は上がらないと思います。
指導者の個人的な思い込みで、そのような行為に及ぶことを防止できなかった校長はもちろん、事情を知る同僚や教育関係者は、緊急に実態を把握して対処すべきでしょう。

小生も体罰は受けたほうですが、胸より上にそれが及ぶことはありませんでした。
その辺は教師側も十分認識していたのでしょう。主に「ケツ竹刀」でした。これはバットより痛い、もちろん効果抜群です。しかし原因は出来る出来ないではなく「校則違反」のよるものです。
当時学校では下駄を引っかけて登校するのが流行っていました。怪我もしていない足の指に包帯を巻いて下駄を履き登校して、級友にその経緯を自慢していました。
下校の時間になり下駄箱に行くと「風紀係」の先生に呼びとめられて、教員室に同行を求めら付いて行きました。

足の包帯をはずすように指示され、状態が読めました。他の先生のいる中でケツ竹刀20回です。
「敵を欺くには味方から」この基本を忘れて、自慢に走ったツケは小さくありませんでした。
その後も、喫煙や服装検査(スソの広いズボンは禁止)に引っ掛かり何度となくケツ竹刀を経験しました。目立ちたがりの性格は今も変わっていません。

小生のことは置くとして、桜宮高校の場合伝統あるバスケット部の主将ということで、部の全体責任を取らされたのか個人的なことかはりかいしておりませんが、胸より上はよくない、許されません。
では、胸より下なら良いかといえば、体罰で技術は向上しないことを思えば、一緒になって納得のいく練習方法を説くほうがベストだったのではないでしょうか。

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