全国の瀬戸さんお待ちしております

瀬戸の語源は「狭(せ)門(と)」で、相対する陸地が接近して、狭くなっている所を示すそうです。
瀬戸内海や愛知県の瀬戸市は有名ですが、苗字との因果関係は薄いようです。
長野県佐久市瀬戸付近を、派生の地とされていますが、全国には川の流域に瀬戸の地名を多く見かけます。
狭(せ)門(と)の語源を先に検証する必要性もありかなと???思いつつペンを進めます。
何か情報がありましたら、書き込んでください。お待ちしております。

2013年1月31日木曜日

浅丘ルリ子が激白!

浅丘ルリ子が激白!
zakzak 引用2010.11.12
女優、浅丘ルリ子(70)がテレビ朝日系「スーパーモーニング」(12日放送)の独占取材に応じ、20歳のときに、俳優、小林旭(72)と事実上の夫婦関係にあったことを明かした。さらに、10年前の石坂浩二(69)との離婚の真相も激白している。

 1955年に日活から映画デビューし、瞬く間に看板女優となった。同じく人気スターだった小林と「渡り鳥」「流れ者」などの人気シリーズで共演すると、「一緒に仕事していると、そういうふうになりますよね」と、たちまち2人は恋仲になったという。

 「ちょっとした夫婦生活みたいなことをしていたんでしょう。ちっちゃいながら。ハタチぐらいのときです」

 さらに、「旭さんとは映画で一度もラブシーンを、したことないんです。実生活でしか」との大胆告白も。

 その後、71年に石坂と結婚するも、2000年に離婚した。真相をこう明かした。

 「あちらに好きな人がお出来になったからですよ。グサッときたのは、子供がほしいと言ったことと、お母さんの面倒をみてほしいということ。『女優を辞めなきゃいけないから、私はできません』と言ったら、彼は『あなたは女優だから辞めなくていい。子供もいらない』と言っていたのに」

 とはいえ、恨みつらみを言いたかったわけではなく、「結婚してよかったです。いろんなことを学ばせて頂いた」「今も恋しています」と笑顔で締めくくった。

 大女優では、今年4月に有馬稲子(78)が、日経新聞「私の履歴書」で、故・市川崑監督との不倫を明かし話題を呼んだ。有馬、浅丘に続く“昭和芸能史”の解禁はあるか-。

銀幕の黄金コンビだった小林旭と浅丘ルリ子。私生活でも深い絆で結ばれていた!【拡大】
 
当時の芸能界では、人気俳優のゴシップは業界のタブーでした。 

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